ついにこの日がやってきた!俺たちHAWAIIAN6の念願の夢である「自分達の城を持つ」 という夢がかなった記念すべき日。

Hi-STANDARDに憧れてPIZZA OF DEATHに憧れて、10年間数々の良き仲間たちとライブを繰り返してきた。そしてそこで出会った仲間達に力を貸してもらってついに俺達はまた1つの夢を最高の形で叶えられたんだよ。 今振り返ってみればここまでの10年間何をどうやってきたのかなんてあんまりよく覚えてないんだけどとにかく走り続けた気がする。

10年前仲良くなった仲間達とライブで会うたび浴びるほど酒を飲んで朝までお互いの夢を語りまくって、そんでその当時のみんなの口癖は「いつかハイスタみたいになりてぇな」で、みんな酔っ払ってるからおじいちゃんみたいに何回も同じ話しまくって朝になるころには高円寺のゴミと寝てたりしてさ。 そんで俺達がPIZZAからSOULSをリリースすることが決った時は仲間みんながまるで自分の事のように喜んでくれてスゲー嬉しかったな。

そんな俺達の憧れのPIZZAとSOULSから6年間、色々な事を教えてもらったり俺達と一緒に悩んでくれたり本当に俺はレーベルとバンドの関係とかではなくPIZZA OF DEATHはすばらしい家族だと思ってる。だからこそ憧れていたし、だからこそ俺達も「IKKI NOT DEAD」を作りたかったんだよ。

今回のHAWAIIAN6がレーベルを持つ事には「PIZZAからHAWAIIAN6が離れた!?」と思っている人もいると思うがそうじゃない、今作っているIKKIのホームページもPIZZAのKTRが手伝うよと言ってくれて、今俺が使ってる机はPIZZAのFTCが友達のけんたと直してくれて、雑誌関係やイベンターに誤解が生まれないようにってI.S.OやDAが考えてくれて、SASADIEは今後の物販を考えてくれて、なべちゃんはいつも明るく電話で答えてくれて、YMKは俺達にバカな子ねーといろんな事を教えてくれる。

そして横山さんは俺達がレーベルを持ちたいと言った時「その気持ちわかるぜ、俺もそうだったから」って笑って言ってくれた。俺は横山さんと出会って18年になる、そんな横山さんは昔も今も俺の最高の兄貴だしこれから先も何も変わらない。 だから俺達は最高の家族PIZZA OF DEATHと離れるんじゃなくてただ最高の握手をして「いってきます!」って言って旅に出るだけでIKKI NOT DEADは俺達の夢と家族の気持ちをいっぱい積んでる船なんだよね。

今はまだ手漕ぎボートだけど(笑)

HAWAIIAN6
畑野行広



IKKI NOT DEAD設立にあたって

私こと、安野勇太。楽器を触り始めてからかれこれ16年。17歳の時にHAWAIIAN6を結成してから早10年。まさかこのような日が訪れようなんて想像すら出来ませんでした。

これは僕らにとっては、”基地”のようなものなのです。幼少の頃、僕は自転車に跨がり毎日仲間たちと遊んでいました。そこには目に見えない結束と云うものが、幼いながらも存在していました。

その当時の僕にとっては、第二の家族だったのです。
僕らは段ボールや廃材を拾ってきては壁や机を作り、宝物などを持ち寄って”秘密基地”と称するものを作って遊んでいました。皆さんも経験ありませんか?

そう、今の自分にとっては、このHAWAIIAN6と云うバンドはまさに仲間を越えた家族なのです。もう僕らもいい歳なので段ボールや廃材を集めたりはしませんが僕らなりの夢や希望や理想を詰め込んだ”基地”それがIKKI NOT DEADなのだと僕は思います。

先々何が起こるかなんて蓋を開けてみないとわからないけど、僕らなりの遊び心を発信していくつもりです。夢を見続けるということは決して悪い事ではなかったようです。


HAWAIIAN6
安野勇太



IKKI NOT DEAD設立について今の気持ちを言えば、それはまさに期待と不安が交差して波のように押し寄せる、まるで入学式やバイトの初日みたいな、そんな青春の1ページの中に突然放り込まれて私少しキンチョーしております。
という感じか?ちがうか?・・・わかりません。まったくわからない!!っていうのが一番正しい心境かも。
未来の世界がどうなっていくのか?そんなことは考えたって誰にもわからないように、IKKI NOT DEADのゴールはどこにあるかなんてことは走り出さなきゃわからないもんね!
ただひとつ、このIKKI NOT DEADが自分たちやその友達、そしてこれから出会う人達にとって、シゲキ的で自由で純粋な気持ちになれる、そんな存在になっていってほしいと願う今日この頃です。

HAWAIIAN6
小鷹 徹







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